くらし
ペット可賃貸の退去費用 相場|爪傷・臭いはどこまで借主負担か
ペット可賃貸を退去するとき、爪傷・臭い・床材・クロスの費用はどこまで借主が払うのか。国土交通省の原状回復ガイドラインと東京都の負担区分、経過年数(クロス6年)の考え方、ペット特約の有効性の争点を、公的資料だけで整理しました。

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「ペット可だから借りたのに、退去のとき何十万も取られるって本当?」
犬と暮らしている人が、引っ越しを考えはじめた瞬間に必ずぶつかる不安だと思います。しかもこの不安、ネットで調べても解消しません。「20万円請求された」「クロス全面張替えで50万」みたいな体験談は山ほど出てくるのに、「で、それは払わないといけないお金なの?」という一番知りたいところに答えてくれる記事が、ほとんどないんです。
結論から言うと、判定する道具はもう国が公開しています。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」と、東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」。この2つを開くと、部位ごとに「貸主負担」「借主負担」がはっきり書かれています。 犬の爪傷や臭いについても、名指しで書かれています。
この記事では、その公的資料だけを使って、請求書のどこが妥当で、どこが話し合いの余地があるのかを判定できる形に組み直しました。
この記事の目次
- 🐾 時間がない人向け・3行の結論
- 📋 まず押さえる:原状回復は「入居時に戻すこと」ではない
- 🏥 部位ごとの負担区分・一覧表
- 🐕 犬まわりの4項目を、1つずつ
- ① 柱・建具の爪傷
- ② クロス(壁紙)の爪傷・臭い
- ③ 床材(クッションフロア・フローリング・カーペット)
- ④ 消臭・消毒・クリーニング
- 💰 経過年数を計算に落とすと、いくらになるのか
- うちの子だと、いくらになるか
- 経過年数を超えても、ゼロにはならない場合がある
- 📄 「ペット可だから全額負担」の特約は有効なのか
- ただし、特約には3つの要件がある
- 📊 一次情報の章:公的資料から拾った数字
- ① ペットの臭いのトラブル、業者と入居者で認識が真逆
- ② 原状回復費用の実額分布
- ③ 公的な機関の資料に出てくる敷金の事例
- ④ ペット飼育をめぐる裁判例:事例18の中身
- ⑤ ペット禁止物件で飼っていた場合の違約金
- ⑥ 相談件数は増えている
- 🐾 請求書が届いたら見る順番
- もめたときの相談先(都内の場合)
- ❓ よくある質問
- Q. 立会いのときに「傷があります」という書類にサインしてしまいました。もう払うしかない?
- Q. 明細をくれません。請求できますか?
- Q. 「ハウスクリーニング費用は全額借主負担」という特約があります。これは通りますか?
- Q. 敷金ゼロ物件でペットを飼っています。退去時はどうなりますか?
- Q. 入居時に写真を撮っていません。もう遅いですか?
- 最後に
🐾 時間がない人向け・3行の結論
- 犬の爪傷と臭いは、原則として借主負担。 国交省ガイドラインの別表1でも、東京都のパンフレットでも「飼育ペットによる柱等のキズや臭い」ははっきり借主負担側に分類されています
- ただし、金額は経過年数で目減りする。 壁クロスは6年で残存価値1円になる直線を引いて負担割合を計算する、というのがガイドラインの考え方。つまり6年住めば、クロス張替えの借主負担分は理屈のうえでほぼゼロに近づきます
- 「ペット可だから全額借主負担」は特約の話であって、原則の話ではない。 そして特約が有効になるには3つの要件がある。ここが一番もめます
この3行だけでも、請求書の見え方がだいぶ変わるはずです。以下、順に開いていきます。
📋 まず押さえる:原状回復は「入居時に戻すこと」ではない
ここを誤解したままだと、以降の話が全部ずれます。

国交省ガイドラインは、原状回復をこう定義しています。
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること (国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)』第1章 表2)
長いので分解します。「借りたときの状態に戻す」とは書いていない。 借主が普通に住んでいて起きた劣化は含まない。含まれるのは、故意・過失・善管注意義務違反(=ちゃんと管理する義務を怠ったこと)による分だけ、ということです。
2020年4月に施行された改正民法でも、この考え方が条文になりました。
第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。 (国民生活センター報道発表資料 令和5年2月1日「参考1」より)
カッコの中がポイントです。通常損耗と経年変化は、そもそも借主の原状回復義務から除かれている。 法律の条文にそう書いてあります。
🏥 部位ごとの負担区分・一覧表
東京都のパンフレットには、部屋のイラストの上に部位ごとの負担区分が書き込まれた図が載っています。これがかなり使えるので、犬に関係する項目を太字にして表に組み直しました。
| 部位 | 状態 | 負担 |
|---|---|---|
| 床(畳) | 裏返し・表替え(破損はしていないが、次の入居者確保のために行うもの) | 貸主 |
| 床 | 日照等による変色(通常損耗) | 貸主 |
| 床(カーペット) | 家具の設置によるへこみ・設置跡(通常損耗) | 貸主 |
| 床(フローリング) | ワックスがけ | 貸主 |
| 床(カーペット) | 飲み物等をこぼしたことによるシミ・カビ(手入れ不足) | 借主 |
| 床 | 引越し作業等で生じたひっかきキズ | 借主 |
| 床 | 冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置したことによるもの) | 借主 |
| 壁(クロス) | 日照など自然現象による変色(通常損耗) | 貸主 |
| 壁(クロス) | 壁に貼ったポスターや絵画の跡(通常損耗) | 貸主 |
| 壁(クロス) | 冷蔵庫・テレビ後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ) | 貸主 |
| 壁(クロス) | 画鋲・ピン等の穴(下地ボードの張り替えは不要な程度) | 貸主 |
| 壁(クロス) | くぎ穴・ネジ穴(下地ボードの張り替えが必要な程度) | 借主 |
| 壁(クロス) | 結露を放置したことにより拡大したカビ・シミ | 借主 |
| 建具(柱等) | 飼育ペットによる柱等のキズや臭い(善管注意義務違反) | 借主 |
| 建具(柱等) | ペットの飼育が禁じられている場合の上記(用法違反) | 借主 |
| 建具 | 網戸の張り替え(破損等はしていないが、次の入居者確保のために行うもの) | 貸主 |
| 建具 | 網入りガラスの亀裂(構造により自然発生したもの) | 貸主 |
| 設備 | 設備機器の破損・使用不能(機器の耐用年数到来によるもの) | 貸主 |
| 設備 | 浴槽・風呂釜等の取替え(次の入居者確保のために行うもの) | 貸主 |
| 設備 | 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損 | 借主 |
| 鍵 | 鍵の取替え(破損・紛失のない場合) | 貸主 |
| 鍵 | 鍵の破損(不適切使用)・紛失による取替え | 借主 |
| 居室全体 | ハウスクリーニング(借主が通常の清掃を実施している場合) | 貸主 |
| 水回り | トイレ・台所の消毒 | 貸主 |
← 表は横にスクロールできます →
(出典:東京都住宅政策本部「賃貸住宅紛争防止条例&賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 概要版」/国土交通省ガイドライン別表1。※東京都の資料には「これらの負担区分は一般的な例示であり、損耗等の程度によっては異なる場合があります」との注記があります)
この表を見て気づくことがあります。ハウスクリーニングも、鍵交換も、原則は貸主負担側に置かれている。 ところが実際の契約書では、これらが借主負担の特約になっていることが非常に多い。この「原則」と「実際の契約書」のギャップが、退去時のもめごとの本体です。
🐕 犬まわりの4項目を、1つずつ
① 柱・建具の爪傷
国交省ガイドラインの別表1、「建具(襖、柱など)」のB欄(=借主の住まい方次第で発生したりしなかったりするもの)に、こう書かれています。
●飼育ペットによる柱等のキズ (考え方)特に、共同住宅におけるペット飼育は未だ一般的ではなく、ペットの躾や尻尾の後始末などの問題であることから、ペットにより柱、クロス等にキズが付いていたり臭いが付着している場合は賃借人負担と判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件でのペットの飼育が禁じられている場合は、用法違反に該当するものと考えられる。
はっきりしています。爪傷は借主負担。ここを争うのは、正直しんどいと思います。
ただし、負担の範囲は別表2で細かく決まっています。 柱は「1本単位」。部屋の柱を全部取り替える費用を請求されたら、そこは話が違います。しかも柱と襖・障子紙・畳表については、「経過年数は考慮しない」 とも書かれています(消耗品的性格が強い、あるいは建物本体と同じ耐用年数だから、という理由です)。
② クロス(壁紙)の爪傷・臭い
ここが金額的に一番大きくなるところです。ポイントは2つ。
施工単位: ガイドラインは「毀損箇所を含む一面分」までを借主負担の上限としています。理由が丁寧に書かれていて、読んでいて納得しました。
当該部屋全体のクロスの色・模様を一致させるのは、賃貸物件としての商品価値の維持・増大という側面が大きいというべきで、その意味ではいわゆるグレードアップに相当する部分が含まれると考えられる。したがって、当該部屋全体のクロスの張替えを賃借人の義務とすると、原状回復以上の利益を賃貸人が得ることとなり、妥当ではない。
つまり、「部屋全体で色を揃えたい」のは大家さんの都合であって、借主の原状回復義務ではない、ということ。1面まで、が原則です。
経過年数: 壁クロスは「6年で残存価値1円となるような直線を想定し、負担割合を算定する」(別表2)。これが効きます。
なお、臭いについては別表2にこんな注記があります。
※タバコ等のヤニや臭いについて、喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、当該居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる。
臭いが部屋全体に回っている場合は、例外的に全体張替えもありうる、という書き方です。ペットの臭いについて名指しではありませんが、同じ考え方が持ち出される場面はあると思います。
③ 床材(クッションフロア・フローリング・カーペット)
犬と暮らしていると、床は消耗します。ここは材質で扱いが変わります。
| 床材 | 経過年数の考え方 | 借主の負担単位 |
|---|---|---|
| クッションフロア | 6年で残存価値1円となる直線を想定 | 毀損箇所が複数にわたる場合は当該居室全体 |
| カーペット | 6年で残存価値1円となる直線を想定 | 同上 |
| 畳表 | 経過年数を考慮しない(消耗品的性格) | 原則1枚単位 |
| フローリング(部分補修) | 経過年数を考慮しない | 原則㎡単位 |
| フローリング(全体張替え) | 建物の耐用年数(参考資料では木造8年ではなく建物耐用年数を参照) | 当該居室全体 |
← 表は横にスクロールできます →
(出典:国交省ガイドライン別表2)
フローリングの部分補修だけ「経過年数を考慮しない」のが独特です。理由も書いてあって、部分補修は「つぎはぎ」であって床全体の価値が上がったわけではないから、形式的に経過年数を考慮すると貸主に不合理だ、という説明でした。ここ、最初に読んだときは「なんで床だけ?」と引っかかったので、読者も同じところで止まると思います。
④ 消臭・消毒・クリーニング
原則としては、ハウスクリーニングは貸主負担(借主が通常の清掃をしていれば)。トイレや台所の消毒も貸主負担。東京都の表でもそうなっています。
ただし、ペット飼育に起因する消毒・クリーニングを借主負担とする特約が有効とされた裁判例があります。 詳しくは後半の一次情報の章で扱います。
💰 経過年数を計算に落とすと、いくらになるのか
ここが一番、読者の役に立つところだと思います。ガイドラインの「経過年数」は、抽象的な話ではなく、そのまま計算できます。
考え方はシンプルです。入居年数が長いほど、借主の負担割合は下がる。 クロスなら6年で1円まで下がる直線を引く。
うちの子だと、いくらになるか
具体的に計算してみます。単価は物件ごとに違うので、以下はあくまで計算の型として読んでください。
前提を置きます。6畳の洋室で、犬の爪傷がついた壁が1面。その面が約10㎡。仮にクロスの張替単価を1㎡あたり1,200円とすると──
| 入居年数 | 負担割合 | 借主負担の目安 |
|---|---|---|
| 1年 | 約83% | 約10,000円 |
| 2年 | 約67% | 約8,000円 |
| 3年 | 50% | 6,000円 |
| 4年 | 約33% | 約4,000円 |
| 5年 | 約17% | 約2,000円 |
| 6年以上 | ほぼ0(残存価値1円) | ほぼ0円 |
← 表は横にスクロールできます →
(施工費12,000円を前提にした試算。単価は物件・材質・施工方法によって変わります)
「クロス張替えで20万円」という請求が、この計算とどれくらい離れているか。それを確認するのが第一歩です。
なお単価については、ガイドラインのQ13に率直な回答が載っています。
原状回復に要する費用は、使用されている資材のグレードや施工方法などにより物件ごとに異なるものとなります。(中略)なお、賃借人が負担すべき原状回復費用は、経過年数および通常損耗を考慮した状態にすることが前提であり、高級品のクロスの使用などグレードアップの費用を負担する必要はありません。
「高級なクロスに替えたいなら、その差額は大家さん持ち」 ということです。これは覚えておくと強いです。
経過年数を超えても、ゼロにはならない場合がある
ここは注意点として書いておきます。ガイドラインには、こういう但し書きがあります。
経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があるため、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがある
「6年住んだから何をしてもタダ」ではない。 そこは誤解しないほうがいいと思います。
📄 「ペット可だから全額負担」の特約は有効なのか
ここが本題です。実務では、ペット可物件の契約書に「ペット飼育の場合、退去時のクロス張替費用は全額借主負担」といった条項が入っていることがよくあります。
驚いたのは、この特約、国が例として挙げているということです。
国土交通省の「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)」の記入要領、第15条(明渡し時の原状回復)関係の解説に、こう書かれています。
原状回復の特約として定める事項がある場合には、別表第5「Ⅱ 例外としての特約」欄に記入し(中略)特約項目の例として、次の事項を挙げることができます。 ・居室内でのペット飼育を認める代わりに、壁クロスの張替費用全額を借主の負担とする場合
ガイドライン本体(第1章 I 2)にも、ほぼ同じ記述があります。
「例外としての特約」の内容としては、例えば、「クロス張替費用(居室内でのペット飼育を認めるため)」などが想定される。
つまり、ペット可物件でクロス全額を請求されること自体は、国も「そういう特約はありうる」と想定している。 「そんなの聞いてない、不当だ」と一刀両断にはできない、というのが正直なところです。
ただし、特約には3つの要件がある
ここからが借主側の武器になります。ガイドラインは、借主に特別な負担を課す特約が有効になるための要件を、明確に3つ挙げています。
【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】 ① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること ② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること ③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
東京都のパンフレットにも、まったく同じ3要件が載っています。都と国で表現が揃っているのは、判断材料として心強いところです。
さらにガイドラインは、最高裁の判断(平成17年12月16日判決)を引いて、こう書いています。
賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要である
要するに、「特約に書いてある」だけでは足りない。金額や範囲が具体的に示され、説明され、借主が納得して合意した形跡が要る。 ガイドラインは「単価等を明示しておくことも、紛争防止のうえで欠かせない」とまで書いています。
📊 一次情報の章:公的資料から拾った数字
ここからが、このサイトの本題です。まとめサイトには載っていない数字を、一次資料から出します。
① ペットの臭いのトラブル、業者と入居者で認識が真逆
国交省ガイドラインの参考資料に、「民間賃貸住宅市場の実態調査結果(平成20年、(財)日本賃貸住宅管理協会)」が収録されています。その中に「ペットやタバコのにおいに起因する入退去時のトラブル発生状況」というグラフがありました。
| 回答者 | よくある | たまにある | あまりない | 滅多にない |
|---|---|---|---|---|
| 不動産業者 | 7.0% | 47.5% | 20.5% | 22.0% |
| 家主 | 3.3% | 26.9% | 20.1% | 24.8% |
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一方、入居者への同じ質問(ペットやタバコのにおいに起因する入退去時のトラブル経験)の結果は──
| 回答者 | ある | ない | わからない |
|---|---|---|---|
| 入居者 | 5.8% | 91.6% | 2.6% |
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不動産業者の54.5%が「よくある/たまにある」と答えているのに、入居者側で「ある」と答えたのは5.8%。 この非対称は、正直かなり驚きました。
もちろん母数も設問も違うので単純比較はできません。ただ、少なくとも「臭いの問題は、業者側では日常的に認識されているが、入居者側にはほとんど自覚がない」という構図は読み取れます。退去のとき初めて「臭いが」と言われて驚く人が多い理由が、この数字にある気がします。
② 原状回復費用の実額分布
同じ調査から、入居者の過失等による修繕費用(特約条項を原因とする金額は除く)の分布です。
単身用
| 金額 | 不動産業者 | 家主 | 入居者 |
|---|---|---|---|
| 2万円 | 28.7% | 22.5% | 24.6% |
| 3万円 | 32.8% | 20.3% | 33.8% |
| 5万円 | 21.0% | 15.2% | 18.5% |
| 7万円 | 6.0% | 6.1% | 6.2% |
| 10万円 | 2.3% | 3.6% | 10.8% |
| 20万円 | 0.4% | 0.4% | 4.6% |
| 30万円以上 | 0.2% | 0.1% | 1.5% |
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世帯用
| 金額 | 不動産業者 | 家主 |
|---|---|---|
| 2万円 | 8.4% | 10.1% |
| 3万円 | 18.4% | 16.4% |
| 5万円 | 31.6% | 22.8% |
| 7万円 | 13.4% | 8.8% |
| 10万円 | 12.7% | 8.5% |
| 20万円 | 1.9% | 2.5% |
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単身用なら2〜3万円が6割超、世帯用でも5万円がボリュームゾーン。ネットで見かける「20万」「50万」は、統計的にはかなり外れた側の話だと分かります。
ただし、これは特約による金額を除いた「過失分」の数字で、しかも平成20年(2008年)の調査です。ペット可に絞ったデータでもありません。
③ 公的な機関の資料に出てくる敷金の事例
公的な機関の資料に出てくる実際の事例の数字を並べておきます。相場ではありませんが、桁感の参考にはなると思います。
| 出典 | 家賃 | 敷金 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 国交省ガイドライン第3章 事例18(東京簡裁 平14.9.27) | 月13万9,000円 | 41万7,000円(約3か月分) | ペット可物件。小型犬(チワワ)を約3か月飼育 |
| 不動産流通推進センター 相談事例 | 月5万円 | 10万円(2か月分) | ペット飼育を条件に敷金全額償却の特約 |
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一方、敷金がどれくらい返ってきているかについては、先ほどの平成20年調査に数字があります。
「敷引きや滞納家賃分を除外した、敷金の返還割合」について、敷金がほとんど返還されなかったとの回答が20.4%と最多となった。一方、5割以上返還された旨の回答の合計は44.6%と約半数だった。
5人に1人は、ほとんど返ってきていない。 これはペット有無を問わない数字ですが、覚悟の材料にはなります。
④ ペット飼育をめぐる裁判例:事例18の中身
国交省ガイドライン第3章に収録されている42事例のうち、ペットが正面から争われたのが事例18です。中身を読むと、かなり参考になります。
【事案】 賃借人Xは平成12年4月、月額賃料13万9,000円で契約し、敷金41万7,000円を差し入れた。物件はペット可で、Xは居住期間のうち約3か月にわたり、小型犬であるチワワをほとんど飼育用のケージ内で飼育していた。契約書には「①室内のリフォーム、②壁・付属部品等の汚損・破損の修理、クリーニング、取替え、③ペット消毒については、賃借人負担でこれらを行うものとする」という特約があった。
【貸主の請求】 クロス、クッションフロア張替え費用、クリーニング費用等の合計 50万745円
【裁判所の判断】
- ①「室内リフォームのような大規模な修繕費用を何の規定もなく賃借人の負担とする合意は、借地借家法の趣旨等に照らしても無効」
- ②壁等の修理・クリーニング・取替えは、通常の原状回復の定めに過ぎない
- ③ 「ペットを飼育した場合には、臭いの付着や毛の残存、衛生の問題等があるので、その消毒の費用について賃借人負担とすることは合理的であり、有効な特約と解される」
- クロスについては、Xの故意・過失による破損等は認められず、ペット飼育による消毒のためであれば、張替えるまでの必要性は認められない
- クッションフロアにはXがつけたタバコの焦げ跡があり、その部分の補修費3,800円と残材処理費3,000円は負担が相当
- クリーニングは実質的にペット消毒を代替するものと思われ、費用全額5万円は負担が相当
【結論】 賃借人Xの負担すべき費用は合計 5万9,640円。敷金41万7,000円のうち 35万7,360円 が返還された。
50万円の請求が、約6万円になった。 ここが読みどころだと思います。特約自体は無効にはならず、「ペット消毒に相当するクリーニング費用」は認められた。一方で、具体的な毀損が立証できないクロスの張替えは認められなかった。 ペット飼育=クロス全面張替え、が自動的に通るわけではない、という実例です。
同じくガイドライン第3章の総論部分にも、こう整理されています。
事例18東京簡易裁判所判決では、ペット飼育可の貸室において、消毒を代替するクリーニング費用を賃借人の負担すべき費用として認めている。
⑤ ペット禁止物件で飼っていた場合の違約金
不動産流通推進センターの相談事例に、これも参考になるものがありました。ペット禁止マンションで猫を飼っていた借主に対し、貸主が90万円を請求したケースです。
センターの回答は、「契約書に違約金の定めがない場合、貸主は違約金を請求できない」。違約金は当事者が特別に定めた金銭なので、契約に定めがなければ請求権が生じない、という整理です。貸主は違約金ではなく、実際の損害(臭い除去、爪によるキズ修復、脱臭・消毒費用など、因果関係が明確な部分)を立証したうえで損害賠償として請求することになる、とされています。
さらに監修者コメントとして、貸主が違反を知りながら放置し、契約終了時になって初めて主張する場合は「信義則や権利濫用の法理により認められない可能性がある」とも指摘されていました。
⑥ 相談件数は増えている
国民生活センターのPIO-NETデータでは、賃貸住宅の原状回復に関する相談件数はこうなっています。
| 年度 | 件数 |
|---|---|
| 2023年度 | 13,273件 |
| 2024年度 | 13,312件 |
| 2025年度 | 14,711件 |
| 2026年度 | 1,846件(2026年5月31日時点) |
← 表は横にスクロールできます →
(出典:国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」PIO-NETデータ)
また、令和5年2月の報道発表資料によれば、賃貸住宅に関する相談は毎年3万件以上寄せられており、そのうち原状回復に関する相談が約4割。相談は12月〜1月に最も少なく、2月から4月にかけて増えるという季節変動があるそうです。引っ越しシーズンですね。
年代別では、30歳代が最多(2021年度3,675件、29.6%)、20〜40歳代で全体の7割超。犬と暮らしはじめる世代とかなり重なっています。
🐾 請求書が届いたら見る順番
ここまでの内容を、実際に使う順番に並べ直します。
もめたときの相談先(都内の場合)
話し合いで折り合わない場合の窓口は、東京都のパンフレット最終ページに公表されています。
| 窓口 | 内容 | 電話 |
|---|---|---|
| 東京都住宅政策本部 民間住宅部 不動産業課 | 不動産取引に関する相談(賃貸ホットライン) | 03-5320-4958 |
| 東京都不動産取引特別相談室 | 弁護士による法律相談(面談・予約制) | 03-5320-5015 |
| 東京都消費生活総合センター | 消費生活に関する相談(不動産含む) | 03-3235-1155 |
| 消費者ホットライン | 最寄りの消費生活センター等を案内 | 188 |
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(受付時間は各窓口で異なります。最新の情報は東京都住宅政策本部のページで確認してください)
それでも解決しない場合、ガイドラインQ12は少額訴訟に触れています。60万円以下の金銭の支払いを求める訴えなら、原則1回の審理で判決が言い渡される制度で、申立手数料は訴額60万円の場合で6,000円。原状回復の争いは数万円〜数十万円のことが多いので、制度の射程には入っています。
❓ よくある質問
Q. 立会いのときに「傷があります」という書類にサインしてしまいました。もう払うしかない?
ガイドラインのQ14が、そのままこの質問です。回答はこうなっています。
単に損傷があることの確認であれば、原状回復費用負担について了承したものではないと考えられますので、ガイドライン(特約があれば特約)に基づき、賃借人が負担すべきものか、調整することとなると考えられます。(中略)賃貸契約書において原状回復に関する特約がない場合は、賃借人の故意・過失等によるものでない損傷については、そもそも賃借人の負担する必要のないものであり、仮にその分も含め確認サインをしていたとしても、その分についてまで負担する原因・理由はないため、その旨を主張することができます。
「傷があることの確認」と「費用を負担することへの同意」は別物、という整理です。ただし、書類に何と書いてあったかによります。控えを取っておいてください。
Q. 明細をくれません。請求できますか?
Q17に明確に書かれています。
賃貸人には、敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は賃貸人に対して、明細を請求して説明を求めることができます。
「一式」だけの請求書は、判断材料になりません。部位・数量・単価の内訳を出してもらうところから始まります。
Q. 「ハウスクリーニング費用は全額借主負担」という特約があります。これは通りますか?
ガイドラインQ16が、クリーニング特約を正面から扱っています。判断のポイントは3つ挙げられています。
①賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか、②本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨及び負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか或いは口頭で説明されているか、③費用として妥当か
そのうえで、有効とされた裁判例と、有効とされなかった裁判例の両方が紹介されています。有効とされたのは、金額(2万5,000円)が明示され、月額賃料の半額程度で相当な範囲だと判断された例(東京地裁 平成21年9月18日判決)。逆に、「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」という書き方は一般的な原状回復義務を定めたに過ぎず、通常損耗まで負担させる特約とは言えないとされた例(東京地裁 平成21年1月16日判決)もあります。
書き方次第で結論が変わる。 ここは契約書の実物を見ないと判断できないところです。
Q. 敷金ゼロ物件でペットを飼っています。退去時はどうなりますか?
国民生活センターが、まさにその点に注意喚起しています。
契約時に敷金を支払っていない場合には、敷金から原状回復費用を差し引くことができないため、退去時に支払う費用が高額になる可能性がありますので、注意が必要です。
同センターの報道発表資料には、敷金・礼金0円のアパートを2年で退去したところ、ハウスクリーニング代約5万円、鍵交換約1万円、クロス修復約1万円、フローリング修復約2万円などを含めて合計10万円超を請求されたという相談事例(2022年4月受付、30代男性)が載っています。
初期費用が安いぶん、退去時にまとめて来る。犬がいると床材の傷みは避けにくいので、敷金ゼロを選ぶときは、その分の備えを別に持っておく発想が要ると思います。
Q. 入居時に写真を撮っていません。もう遅いですか?
遅いですが、まだできることはあります。ガイドラインQ1と、東京都の「トラブル回避7つのポイント」の両方が、入居時の記録を強く勧めています。逆に言えば、記録がないと「入居前からあった傷」を主張しにくいということです。
国民生活センターの相談事例にも、20年以上住んだマンションの退去時に、入居時からあった傷について「最近付いたものだ」と言われ、証明できる写真がなくて反論できなかった、というケースが載っていました。
今からできるのは、退去の立会い前に、部屋の状態をひととおり撮っておくこと。日付が残る形で。そして立会いには、できるだけ同席することです。
最後に
原状回復費用の実額データは、平成20年(2008年)調査が一次資料としては最新です。 国交省ガイドライン自体、平成23年(2011年)8月16日公表の再改訂版が今も現行版です。物価も工事単価も当時とは違うので、金額そのものは目安として読んでください。一方で、負担区分の考え方と経過年数の計算方法は、2020年の改正民法621条にも取り込まれていて、今も現役です。
東京都のパンフレットは、令和4年の条例改正と民法改正を反映した第4版として案内されています。契約や交渉に使うときは、都のページから最新版を落とし直すのが確実だと思います。
そして一番大事なこと。ここに書いたのは、あくまで判断材料です。実際の契約書に何が書いてあるかで結論は変わりますし、金額が大きい場合や話し合いが行き詰まった場合は、上に挙げた相談窓口や弁護士に相談してください。都の窓口は電話1本で使えます。
うちの子と暮らした部屋を出るとき、余計なことで気を揉まずに済むように。この記事が、その足しになれば。
参考にした主な公的資料
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(平成23年8月16日公表)— 全文および各章のPDFは国土交通省のダウンロードページで公開されています
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」— 記入要領を含むPDFは国土交通省の該当ページから確認できます
- 東京都住宅政策本部「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」— 概要版パンフレットは東京都住宅政策本部のページからダウンロードできます
- 国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」— 相談件数と傾向は国民生活センターのページで更新されています
※本記事の内容・金額はいずれも2026年9月2日時点の公表資料に基づきます。制度や公表資料は改訂されることがあります。
調べたもと(出典 14件)
- 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のダウンロード国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)第1章・別表1・別表2国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)Q&A国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)第3章 原状回復にかかる判例の動向国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)参考資料(資料1・資料2)国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)の公表について国土交通省・確認日 2026-09-02
- 『賃貸住宅標準契約書』について国土交通省 住宅局・確認日 2026-09-02
- 賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)国土交通省・確認日 2026-09-02
- 賃貸住宅トラブル防止ガイドライン~概要~東京都住宅政策本部・確認日 2026-09-02
- 賃貸住宅紛争防止条例&賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 概要版(PDF)東京都住宅政策本部・確認日 2026-09-02
- 賃貸住宅の原状回復トラブル(各種相談の件数や傾向)独立行政法人 国民生活センター・確認日 2026-09-02
- 住み始める時から、「いつか出ていく時」に備えておこう!―賃貸住宅の「原状回復」トラブルにご注意―独立行政法人 国民生活センター・確認日 2026-09-02
- ペット飼育を条件とする敷金償却特約の効力公益財団法人 不動産流通推進センター・確認日 2026-09-02
- ペット禁止マンションの契約違反と違約金、原状回復との関係公益財団法人 不動産流通推進センター・確認日 2026-09-02
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